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沢グルメ

Author:沢グルメ
川・花・こころで遊びましょう☆
■福岡県在住(♂)

■機 材:
・PENTAX K10D
・PENTAX istDS
■レンズ:
*smc PENTAX-FA 100-300mm
F/4.7-5.8
*smc PENTAX FA 77mm F/1.8
Limited
*smc PENTAX-A 50mm F/1.7
*smc PENTAX-FA 35mm F/2.0
*smc PENTAX-FA 28-80mm
F/3.5-4.7
*Tamron 90mm Macro F2.8
*SIGMA 28mm F/2.8
*SIGMA 18-200mm DC
F/3.5-6.3
■COMPACT :
・PENTAX Optio W60 (10MEGA)
・PENTAX Optio W10 (6MEGA)
・PENTAX ESPIO 24EW(35mm)

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振り向けば猿田彦(2)
中国道教の思想はそのままストレートに普及したわけではなく、そこに日本的な解釈を経て庚申待ちと言う
民間信仰に変遷していったようだ。室町時代中期に僧侶などから「庚申縁起」なる文書が作られた。これは
中国の伝統宗教である道教の三尸説に仏教的思想を加味したもので、現在に至る庚申信仰の基礎と
なるべきものである。
更に青面金剛や阿弥陀仏などを崇拝対象として育ってきた庚申の儀はやがて密教や民間信仰などの影響を
受け複合的な信仰様式に発展、ご利益も商売繁盛から五穀豊穣・大漁豊作など庶民の願いに応じて広く拡大
解釈され、江戸時代中期から爆発的な流行を見せた。

庚申待ちの宵には禁止事項が多く設けられた。肉食・洗濯・洗髪・お歯黒、そして男女同衾も重大な禁忌事項と
して慎まれ、これを冒して出来た子供は泥棒になると言われる。
このように極めて規制が多いにも拘らず庚申待ちが普及してきた背景には、集落ごとに集まり開かれる庚申待ち
の会合が地域コミュニケーションを深める潤滑油となり、いつしか楽しみな寄り合いとして心待ちにされてきた
事によるものではないだろうか。

4minakanusinaka.jpg


この頃、仏教系の庚申待ちが牽引車として全国に普及してきた事に対して、神道の立場から神道系の庚申待ち
が創案され俄かに世間に広まってきた。仏教系が青面金剛像などを主尊とするのに対して、神道系は猿田彦を
主尊とする事となり、猿田彦大神がに国内に大増殖して行く起因ともなったのだ。

庚申(かのえさる)の日は60日ごとに巡ってくる為に年平均6回ある。7庚申を勤めれば・・とか18庚申を
勤めればなど諸説あるが、3年間=18庚申を勤めれば、三尸の神力は著しく低下し、天帝の待つ天界まで辿り
着けなくなると信じられた。よってこれを区切りとして「庚申塔」を建造する事例が増えたのだ。庚申塔には
3匹の猿が描かれる事が多く、「三猿塔」とも呼ばれる。三尸が人間の罪業を「見ざる・言わざる・聞かざる」
事を願う意味が込められまた、「庚申」の申(サル)と語呂合わせとも言われている。
かくのごとく全国に多く建立される事となった庚申塔には「青面金剛像」「庚申」「猿田彦」の三つのタイプ
が彫り込まれるようになったのだ。

9saruta.jpg


(続く)


http://www1.bbiq.jp/sawa_gourmet/

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神話四方山話 | 2010/01/31(日) 21:01 | Trackback:(0) | Comments:(2)
振り向けば猿田彦(1)
最近、自宅周りに残っていた最後の空き地に建売分譲住宅が建ち始めた。5軒シリーズで建設に入る計画の
ようで、朝から大工仕事で大賑わいだ。既に付近には昔の面影は随分前に失われてしまっているが、今でも少し
民家の奥手に入るとほんのだが古の風景が残っている。子供の頃、自宅の裏手の小路を通って表に出るの
だが、その辻に大きな塚のような物が建っていて近所の人が毎日お世話をしていた。塚の頂上には自然石の
墓石のような物が立てられていて、隣には祠のような物もあり、幼心には「お地蔵様なんだ」と自然に思って
いたのだが、それが猿田彦大神だと知ったのは随分と後になってからだ。 

3iesaruta.jpg


日本書紀や古事記に登場するサルタヒコには異例が付き纏う。謎のベールに包まれた神であって、国津神の中
でも大物に与えられる「大神」の称号を称えているし、登場する場面も実に印象的だ。更には日本神話の時代
から現代に至るまで猿田彦に纏わる信仰や寓話は様々な変化を遂げつつも常に我々の生活と密着してきたとも
言える。そんな馴染み深い猿田彦とはいったい何者だったのであろうか?時代を近代から神話の時代へと逆流
しながら、サルタヒコ大神と日本人との関りを振り返ってみる。

11saruta.jpg


中世で最もサルタヒコが話題となるきっかけとは、中国の伝統宗教である道教の三尸(さんし)説から発生した
庚申信仰ではないだろうか。
「庚申待ち(庚申講)」・・・道教では、人体の中には三匹の虫(三尸)が棲み付いていて、この虫は60日ごと
に巡ってくる「庚申(かのえさる)」の日の深夜、寝入った宿主(ホスト)の体内から抜け出し天帝に宿主(ホスト)
が重ねた罪業を報告する。北辰(北極星)の神格化・天帝は三尸の報告に基づいて、その累積点数を寿命から
差し引く。例えば・・・

「今回の我ホストの罪業は、ウソ八百を2回、酒に酔って一般人に張り手を加えし罪を一回、他人様の金品を
盗みし罪を1回、にてござります。」 
「そうか、ならばウソ八百で4日、暴行の罪で20日、盗み罪で更に10日、累計34日の寿命を差し引く!」
と言った按配であろう。一説には天帝の判定基準は軽微な罪は1日、重罪は100日を基準として判決を下した
と言われているが、「人生50年」と言われていた時代の100日は大きかろう。

宿主が死ぬと三尸は晴れて「鬼」になれる。よって三尸は漏れなく事細かに罪業を報告しホストの早死にを願う
のだ。しかしながら庚申の夜に宿主が寝なければ三尸は人体を抜け出せない。そこで人々は庚申の夜には当番
の家々に集まり、語り明かし、寝ずに朝を迎えるようになり、この行事を庶民は「庚申待ち」と呼んだ。
三尸の報告を首尾よく阻止できた事により無病息災・長寿を得たりと言うわけだ。

※ 1/10, 3/11, 5/10, 7/9, 9/7, 11/6 (2010年:庚申の日)

(続く)


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神話四方山話 | 2010/01/30(土) 20:16 | Trackback:(0) | Comments:(4)
睦月廿日
今年の年末年始は実に大人しく質素に、思わしくない体調をなだめすかし、地元に籠りっきりの正月で
ありましたが、これもまた佳き正月の過ごし方であったなぁ~・・と、暢気な事を考えておりましたら
もう1月も終盤に入っておりました。諸般の事由で遅い始動となった今年ではありますが、ぼちぼち
のんびり山に自然に親しみたいと思います。
皆さま今年もどうぞ宜しくお願いします。
                                     
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アウトドア | 2010/01/20(水) 12:34 | Trackback:(0) | Comments:(16)
永遠に
先週、闘病されていた山旅人さんがご逝去されました。今の私の山ライフがあるのは山旅人さんの影響で
ある事は間違いないし、この出会いが無ければまた全く違う山をやっていたのではないかと思います。
甘い考えで山に臨む事を許さない厳しい方で、同行させて頂いた山行は一味違うものでした。
私は一時期、諸般の事由で丸2年間と言うもの「沢」から離れていた時期がありましたが、また沢登りを
再開しようとするキッカケを作ってくれたのも山旅人さんでした。そのお陰で今の沢スタイルがある
のだと思うと、感謝の念に耐えません。今年一緒にザイルを結べる日が来るのだと、心底楽しみにして
りました。早過ぎるお別れですが、これまでのご恩生涯忘れません。私も向こうに行ったらまた一緒に
どこかを登りたいです。山旅人さん本当にお世話になりました。ありがとうございました。
またテントで一杯飲みましょう。

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傾山・二つ坊主ルートにて。


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アウトドア | 2010/01/18(月) 22:11 | Trackback:(0) | Comments:(0)