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沢グルメ

Author:沢グルメ
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■福岡県在住(♂)

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・PENTAX K10D
・PENTAX istDS
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*smc PENTAX-FA 100-300mm
F/4.7-5.8
*smc PENTAX FA 77mm F/1.8
Limited
*smc PENTAX-A 50mm F/1.7
*smc PENTAX-FA 35mm F/2.0
*smc PENTAX-FA 28-80mm
F/3.5-4.7
*Tamron 90mm Macro F2.8
*SIGMA 28mm F/2.8
*SIGMA 18-200mm DC
F/3.5-6.3
■COMPACT :
・PENTAX Optio W60 (10MEGA)
・PENTAX Optio W10 (6MEGA)
・PENTAX ESPIO 24EW(35mm)

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振り向けば猿田彦(1)
最近、自宅周りに残っていた最後の空き地に建売分譲住宅が建ち始めた。5軒シリーズで建設に入る計画の
ようで、朝から大工仕事で大賑わいだ。既に付近には昔の面影は随分前に失われてしまっているが、今でも少し
民家の奥手に入るとほんのだが古の風景が残っている。子供の頃、自宅の裏手の小路を通って表に出るの
だが、その辻に大きな塚のような物が建っていて近所の人が毎日お世話をしていた。塚の頂上には自然石の
墓石のような物が立てられていて、隣には祠のような物もあり、幼心には「お地蔵様なんだ」と自然に思って
いたのだが、それが猿田彦大神だと知ったのは随分と後になってからだ。 

3iesaruta.jpg


日本書紀や古事記に登場するサルタヒコには異例が付き纏う。謎のベールに包まれた神であって、国津神の中
でも大物に与えられる「大神」の称号を称えているし、登場する場面も実に印象的だ。更には日本神話の時代
から現代に至るまで猿田彦に纏わる信仰や寓話は様々な変化を遂げつつも常に我々の生活と密着してきたとも
言える。そんな馴染み深い猿田彦とはいったい何者だったのであろうか?時代を近代から神話の時代へと逆流
しながら、サルタヒコ大神と日本人との関りを振り返ってみる。

11saruta.jpg


中世で最もサルタヒコが話題となるきっかけとは、中国の伝統宗教である道教の三尸(さんし)説から発生した
庚申信仰ではないだろうか。
「庚申待ち(庚申講)」・・・道教では、人体の中には三匹の虫(三尸)が棲み付いていて、この虫は60日ごと
に巡ってくる「庚申(かのえさる)」の日の深夜、寝入った宿主(ホスト)の体内から抜け出し天帝に宿主(ホスト)
が重ねた罪業を報告する。北辰(北極星)の神格化・天帝は三尸の報告に基づいて、その累積点数を寿命から
差し引く。例えば・・・

「今回の我ホストの罪業は、ウソ八百を2回、酒に酔って一般人に張り手を加えし罪を一回、他人様の金品を
盗みし罪を1回、にてござります。」 
「そうか、ならばウソ八百で4日、暴行の罪で20日、盗み罪で更に10日、累計34日の寿命を差し引く!」
と言った按配であろう。一説には天帝の判定基準は軽微な罪は1日、重罪は100日を基準として判決を下した
と言われているが、「人生50年」と言われていた時代の100日は大きかろう。

宿主が死ぬと三尸は晴れて「鬼」になれる。よって三尸は漏れなく事細かに罪業を報告しホストの早死にを願う
のだ。しかしながら庚申の夜に宿主が寝なければ三尸は人体を抜け出せない。そこで人々は庚申の夜には当番
の家々に集まり、語り明かし、寝ずに朝を迎えるようになり、この行事を庶民は「庚申待ち」と呼んだ。
三尸の報告を首尾よく阻止できた事により無病息災・長寿を得たりと言うわけだ。

※ 1/10, 3/11, 5/10, 7/9, 9/7, 11/6 (2010年:庚申の日)

(続く)


http://www1.bbiq.jp/sawa_gourmet/

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神話四方山話 | 2010/01/30(土) 20:16 | Trackback:(0) | Comments:(4)

サルタヒコ・・・
なるほど,中世の庚申信仰と関係があるのですか。楽しく読ませてもらい,勉強になりました。ありがとうございます!

ニニギノミコトが降臨される際の道案内をしたことから,かなり以前からの土着神だったのでしょうか。確かにあちこちに,不規則に祀られていますよね。

宮崎の石並川の北部に五十鈴川(いすずがわ)というのがありますが,サルタヒコの故郷の伊勢国にも同名の川があり,ここはいすず自動車の社名の由来になっていますよね。宮崎の五十鈴川も何かしらサルタヒコと関わりがあると思っているのですが,調査中です。五十鈴川の源流方面に高千穂町が位置するのも何かしらありそうですよね。

以上,歴史大好きのインヤンでした。
お邪魔しました。
2010/01/31 日 00:48:39 | URL | インヤン #-編集
そんな所縁があったんですねぇ

神話のサルタヒコは
結局のところ 
為政者に 反旗を翻してしまったのか

このあたりの真相は 歴史の闇に^^?
何処までも 興味が尽きません 


振り向けば 沢さん^^@@

この連載 
次回も 楽しみに待っていますねッ☆ワクワク^^♪
2010/01/31 日 20:40:09 | URL | 吟遊詩人 #-編集
これはこれはインヤンさんこんにちは!
貴殿は確か、歴史・鉱石・英語の泰斗であらせられましたね! 
これは私とした事がお恥ずかしい限りであります・・^^;
まぁ、笑って許して♪ 
インヤンさんおっしゃるように五十鈴川の川上に鎮まれた大神さま
ですが、宮崎の五十鈴川・・・場所が場所だけに何か因縁めいたもの
も感じますね=! 高千穂の土地からもそう遠くは離れていないし、
珍しい名前でもありますし、面白い事柄でも調査できましたら教えて
くださいませ。私は、どちらかと言うとサルタさんの方の末裔が
九州、特に福岡には多いのではないかな・・・と思うのです。
今年は焚き火囲んで、古代のミステリーについて語りましょう♪
2010/01/31 日 23:39:12 | URL | 沢G #-編集
こんにちはー!海底散策から徐々に浮上中の@サルタです♪
さすが吟遊詩人さん、サルタヒコさまの逸話として、体制に
反旗を翻した・・・と申されますには、造詣の深さに敬服で
あります。 歴史は勝者にて創られる・・と申しますが
この辺りがミソでして、、、古い歴史に埋もれてしまった事実
をタイムマシンに乗って観に行きたい心境ですよ!
でも確実に言えますのは、猿田彦は間違いなく庶民に広く
深く・・特に九州では隅々まで浸透しておりますが、これが
ひょっとしたら猿田彦大神の戦略だったのかもしれませんね♪

2010/01/31 日 23:39:44 | URL | 沢G #-編集
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